思考法

図解!エントロピー増大の法則とは?自発変化の方向を示す熱力学の金字塔

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今回のテーマはエントロピー増大の法則です。

熱力学の法則ですが、エントロピー自体は統計力学や情報理論の中でも語られる概念なので、特に理系の方ならご存知の方も多いと思います。本ブログでは異色のテーマですが、実は

の記事等、本法則の考え方を参考にした記事がいくつかあることから、一度腰を据えて扱ってみることにしました。

◆本記事に書いてあること
エントロピー増大の法則の直観的説明
→エントロピー増大の法則を教科書的に理解しようとすると、数式が多く出てきて全体感や大事なポイントが曖昧になりがちです。そこで、本記事では数学的な導出はカットし、法則そのものの内容を多角的に説明することに重点を置きました。前提知識なしでも理解できるよう図を交えてわかりやすく説明したつもりなので、理系の学生さん等、物理学的な意味合いを知りたい方にとっても有益な内容になっていると思います。

◆本記事に書いてないこと
熱力学や統計力学の教科書に載っているような数学的な導出
→最後に参考図書を載せたのでそちらをご覧ください。

 

1. エントロピーとは?(簡単な説明)

エントロピーとは簡単にいうと「無秩序な状態の度合い(=乱雑さ)」を定量的に表す概念で、無秩序なほど高い値、秩序が保たれているほど低い値をとります。

 

2. エントロピー増大の法則とは?(簡単な説明)

エントロピー増大の法則とは、簡単にいうと、

「物事は放っておくと乱雑・無秩序・複雑な方向に向かい、自発的に元に戻ることはない」

ということです。

これは日常的にもよく目にする現象で、例えば以下のような例があります。

  • 拡散した気体は元に戻らない

  • 常温に置かれた熱湯は自然に冷めるが、一度冷めた水が勝手に熱湯に戻ることはない

  • コーヒーにミルクを入れると自然に混ざるが、勝手に分かれることはない

  • 覆水盆に返らず

別の言い方をすると、エントロピー増大の法則とは、自発変化の方向を示した法則であり、その方向とは不可逆的な無秩序化だということです。

 

続いて、物理学的な意味合いについてもう少し丁寧に解説していきます。
数式は最低限にとどめて、法則の意味をできるだけ直観的に理解できるよう工夫しました。
なお、歴史的には熱力学→統計力学の順ですが、説明のわかりやすさを優先して、統計力学→熱力学の順に説明します。

 

3 エントロピーとは?(統計力学的説明)

まず、エントロピーが乱雑さの指標といわれる理由を統計力学的解釈に基づいて解説します。

統計力学によればある系(考えている対象)のエントロピーSは、ボルツマンの原理と呼ばれる以下のシンプルな数式で表せます。

S = k logW

kはボルツマン定数と呼ばれる定数なので、エントロピーの概念を理解する上では無視してよいです。
重要なのはWで、これは対象としている系がとりうるミクロな状態の数で、よく微視的状態数という言い方をします。
例えば、気体が入った容器を考えるとマクロに見れば同じ状態を維持しているように見えますが、ミクロに見れば分子は絶えず動き回っているので、時々刻々その状態は変化しています。

この分子レベルのとりうる状態の数がWです。
logは対数でlogWはWに対して単調増加なので、エントロピーSはWに対して単調増加となり、ミクロな状態のとりうる数が多いほどエントロピーは大きくなります。
つまり、エントロピーの説明でよく使われる「乱雑さ」とは、より正確には「微視的状態数」のことなのです。

これは直観的にも非常にわかりやすい話で、例えば、個体→液体→気体に変化するにつれて、分子は自由に動き回れるようになるので、とりうる状態数も増え、エントロピーも大きくなります。
個体は分子が整然と並んでいて秩序だっていますが、気体は分子が自由に飛び回っていてその秩序が崩れている(=乱雑)ので直観的な理解とも合います。

 

4 エントロピー増大の法則とは?(熱力学的説明)

4.1 エントロピー増大の法則の厳密な定義

エントロピー増大の法則:
断熱系においてある状態変化が起きた時、系のエントロピー変化dS >= 0
※等号成立は該当変化が準静的過程の場合のみ

(参考)
http://www.slab.phys.nagoya-u.ac.jp/uwaha/note1_04_21-38.pdf
P26-27

「系」とは物理用語で、考えている対象・環境のことです。
例えば先程の例で、気体の拡散なら、その気体を閉じ込めている容器、常温の実験室に置かれた熱湯が冷める例なら実験室および熱湯を合わせたものが系の例になります。
そして、「断熱系」とは断熱された系ということで、外部と熱のやりとりがない環境のことです。

なお、あくまで条件は「断熱」系なので、外部と仕事(物理用語で力×距離で定義されるエネルギーの一形態)のやりとりがあっても本法則は成立するという点に注意してください。

 

そして、上記のエントロピー増大則のサブセットとして、以下のことがいえます。

孤立系における自発変化ではエントロピーは必ず増大する(dS > 0)

  • 孤立系  = 断熱系かつ外部との仕事のやりとりがゼロの系

  • 自発変化 = 不可逆変化 ≠ 準静的過程

なので、これは上記のエントロピー増大則の特殊ケースになりますが、一般的にはこちらの表現の方が馴染みがある形だと思います。
ざっくり説明で書いた
「物事は放っておくと乱雑・無秩序・複雑な方向に向かい、自発的に元に戻ることはない」
という定義もこの狭義の意味でのエントロピー増大則の言い換えです。
(厳密にいうと「孤立系」という条件は表現できていませんが)

 

4.2 (よくある誤解)エントロピーは必ず増大する?

エントロピー増大則で大事なのは「断熱系」という言葉で、エントロピー増大則は無条件で成立するわけではなく、断熱系、すなわち外界と熱のやりとりがない環境でのみ成立することを示しています。

逆にいうと、外部と熱のやりとりがある環境(非断熱系)ではエントロピーは減少することもあります

例)実験室に熱いコーヒーを持ち込んだ場合

外界と熱のやりとりがない隔離された実験室(=断熱系)に熱いコーヒー(実験室の温度より高い)を持ち込んだケースを考えます。

この時、コーヒーは実験室の気温と同じ温度になるまで実験室に熱を放出し続けます(自発変化)。
同時に、コーヒー、実験室のエントロピーにも変化が起こり、
・熱を失うコーヒーのエントロピー変化:dS < 0
・熱をもらう実験室のエントロピー変化:dS' > 0
となりますが、コーヒー、実験室は互いに熱のやりとりがある(=断熱系ではない)ため、それぞれで見るとエントロピー増大則は成立しません。

このケースでは実験室とコーヒーを合わせたものが断熱系になっているので、
dS + dS' > 0
これがエントロピー増大則になります。

 

5 エントロピー増大の法則を多角的に理解する

ここまで、エントロピー増大の法則そのものの説明をしてきましたが、最後に少しズームアウトして関連法則とのつながりを見てみたいと思います。

実は、エントロピー増大の法則は熱力学第二法則の1つの表現になっています。
初めて聞いた方はだいぶ頭に?が浮かんだと思うので、順に解説します。

 

5.1 熱力学第一法則

まず、第二法則があるということは当然第一法則もあるわけで、熱力学第一法則は端的にいうとエネルギー保存則です。

◆ 熱力学第一法則(エネルギー保存則)
ある系に外部から熱量Qが流入し、仕事Wをされた場合、系の内部エネルギーの変化量∆Uは
∆U = Q + W

つまり、熱力学第一法則とはエネルギーの形態を問わず、系に流入したエネルギー量がそのまま系の内部エネルギー変化に変わるということで、エネルギーの移動に伴う量的関係を表した法則だといえます。
ここは特に違和感はないと思います。

 

5.2 熱力学第二法則

続いて、熱力学第二法則ですが、これには以下の3つの表現があり、このうち1つがエントロピー増大の法則と呼ばれています。

◆ 熱力学第二法則の3つの表現

①クラウジウスの原理:
外に何の変化も与えずに、熱を低温から高温へ移すことはできない

②トムソンの原理:
外から熱を吸収し、これを全て力学的な仕事に変えることはできない
(= 熱効率 < 1 = 第二種永久機関は存在しない)

③エントロピー増大の法則:
不可逆断熱過程では、エントロピーは必ず増大する

この3つは等価な表現で、どれか1つから残りの2つを論理的に導出できます。
導出含めた詳細は割愛しますが、上記の例を見れば何となく言わんとしていることはわかると思いますし、日常経験と照らし合わせても特に違和感はないと思います。
むしろ「言われてみれば当たり前」という感覚ではないでしょうか。
でも、この3つの表現は実に示唆に富んでおり、これらを踏まえてエントロピー増大の法則を眺めると、新しい世界が開けてきます。
順を追って説明します。

 

5.3 エネルギーの質

まず、トムソンの原理、クラウジウスの原理から、エネルギーには「質」という概念があることがわかります。
私たちの日常生活では、エネルギーは量のみで語られることが多く、エネルギーの形態が異なっても量が同じなら同じ価値があると思われがちです。(100キロカロリーと言われたら、エネルギー形態が何であっても同等の価値があると思いがち)
そう思ってしまうのは、存在するエネルギーは全て使えるという思い込みがあるからですが、熱力学第二法則はこれを否定します。
エネルギー量が同じであっても、利用しやすさという点で、質の高いエネルギーと低いエネルギーがあるのです。

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例えば、仕事と熱でいえば、仕事を100%熱に変換することはできますが、逆に熱を100%仕事に変換することはできません(=トムソンの原理)。
つまり、同じエネルギー量の仕事と熱があった場合、それを利用する立場で見ると、仕事の方が質が上なのです。

 

5.4 熱力学第一法則と第二法則の関係

エネルギーを利用する立場で見ると、エネルギーの良し悪しを評価する尺度として量と質の2つがあります。
そして、熱力学第一法則は前者(自然現象におけるエネルギー変換の量的関係)を、第二法則は後者(質的関係)を規定する法則になっています。
例えば、寒い日に手を温めたいと思った時、それに必要な熱量を計算する基礎になるのが第一法則です。それに対して、手を温めるには、手より高温の熱源を使うか、手をこすればよい(仕事→熱変換)ということを示すのが第二法則です。

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5.5 熱力学第二法則を踏まえたエントロピー増大の法則の意味

さて、少しエントロピーから話がそれてしまいましたが、ここまでの説明を踏まえて改めてエントロピー増大の法則を眺めてみたいと思います。

まず、クラウジウスの原理、トムソンの原理から、
「熱機関が熱から仕事を取り出すには、高温熱源と低温熱源の2つが必要で、高温熱源から仕事を取り出す際に必ず低温熱源への排熱を伴う」
ということがわかります。
そして、(両熱源と外部との熱のやり取りがなければ)いずれ高温熱源と低温熱源は同じ温度になり、この系からはそれ以上仕事を取り出せないという状態(=エネルギーの質が最も低い状態)になります。

これをエントロピーの観点から見ると、高温熱源と低温熱源にわかれている最初の状態が最もエントロピーが低く、逆に両熱源が同じ温度になった終局状態が最もエントロピーが高い状態になります。

つまり、エントロピーとは乱雑さを表すだけでなく、エネルギーの質を表す指標でもあるのです。そして、エントロピー増大の法則とは、自発変化の方向を示す法則ですが、その方向は無秩序化であると同時にエネルギーの質を低下させる方向でもあるのです。

 

5.6 熱力学第一法則・第二法則から見たエネルギー問題の本質

以上を踏まえると、少しだけエネルギー問題の本質が見えてきます。
エネルギー問題というと、エネルギーの「量」が減る問題と思われがちですが、これは間違いです。なぜなら、熱力学第一法則によれば、エネルギーはその形態が変わっても総量は保存されるからです。
では、何が問題なのかというと、エネルギー変換を経る中で利用価値の低いエネルギー(大雑把に言えばゴミ)に置き換わっていくことが問題なのです。
例えば、化石燃料を燃やして電気を得る場合、必ず排熱が生まれ大気に放出されます。排熱まで含めれば、もともと化石燃料が持っていたエネルギーは保存されています。しかし、大気に放出された排熱からエネルギーを取り出すことはできません。
つまり、エントロピー増大の法則により、エネルギーの質が低下していくことがエネルギー問題の本質なのです。

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6. (おまけ)自発変化における不可逆的な無秩序化についての考察

さて、冒頭で、

等、当ブログにはエントロピー増大の法則を参考にした記事がいくつかあると書きましたが、最後にその補足をして終わりたいと思います。

エントロピー増大の法則はざっくりいうと「物事は放っておくと乱雑・無秩序・複雑な方向に向かい、自発的に元に戻ることはない」という法則ですが、この考え方は経験則として私たちの思考にもあてはまります。

例えば、逆算思考に則り、数年後の目標からそれを実現するためのタスク設計、スケジューリングをばっちりやったのに、日々の雑務に忙殺されて気づいたら当初計画は破綻、目標のことはすっかり頭から抜けていた、なんてことはよくあります。
目標よりタスクの方が数も多く複雑なわけですが、私たちの思考は放っておくと複雑化するという一例です。
そして、この流れは自然であり、一度下がった視点はなかなか元には戻りにくいという点もエントロピー増大則とよく似ています。

なので、狙った成果を出そうと思ったら、まずはこの特徴を知った上で、定期的に視点をあげる仕組みを作ることが大事になってきます。

興味がある方は上記の記事をご覧ください。

 

7. まとめ

①エントロピーとは無秩序な状態の度合い(乱雑さ)のことで、統計力学的解釈では微視的状態数を表す

②エントロピー増大の法則

断熱系においてある状態変化が起きた時、系のエントロピー変化dS >= 0
※等号成立は該当変化が準静的過程の場合のみ

このサブセットとして、以下が言える。
孤立系における自発変化ではエントロピーは必ず増大する(dS > 0)
→ざっくりいうと、「物事は放っておくと乱雑・無秩序・複雑な方向に向かい、自発的に元に戻ることはない」

補足)

  • 外部と熱のやりとりがある環境(非断熱系)ではエントロピーは減少しうる

  • エントロピー増大の法則は熱力学第二法則の1表現で、クラウジウスの原理、トムソンの原理と等価。

  • 熱力学第二法則を踏まえると、エントロピー増大の法則は、自発変化がエネルギーを低級化させる方向に進むことを示している

③自発変化における不可逆的な無秩序化についての考察

自発変化における不可逆的な無秩序化は、経験則として私たちの思考パターンにもあてはまり、一度下がった視点はなかなか上がらない。

 

8. エントロピー増大の法則に関する参考資料

本記事執筆においても参考にさせて頂いたおすすめの資料です。

◆ 書籍

→「熱力学と統計力学を数式を使ってしっかり理解したい!でもできるだけわかりやすいのがいい!」という方に特におすすめの一冊です。数式は駆使しながらも高校数学の範囲に閉じているのと、それを補ってあまりある巧みな文章力で本格さとわかりやすさをいい感じに両立した名著です。

◆ YouTube

→4章執筆にあたってとても参考にさせて頂きました。予備校の授業風でとてもわかりやすいです。